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2017-03-26

正しさを盾にして攻撃されることの怖さ

Photo by nakariho

■気遣いとは何か

社会生活をするうえである程度必要だと思われる他人への「気遣い」。その気遣いというのはその人の人間性や性格だけでなく、それぞれ育った環境や国、文化によっても違うように思う。

 

言い訳をするようだが自分は弱い人間だから、自分のことを守るので精いっぱいだ。だから人のことをあまり気遣えない方だと思う。

 

でも人に迷惑はかけないようにと、静かに生きようとしている。

 

いまは優しくていい人ばかりと関わっているけれども、それでもたまに「気遣いが足りない」と思われることもある。

 

■正義を振りかざすという暴力

正しさを振りかざして怒ってくる人が私は怖い。

 

確かにそれが正しくても、みんながそうするのが当たり前だという意識で接せられると困る。

 

人によってはある私のような人間をわがままだとか、社会人としてなってないだとか言う。確かにわがままだと思う。自分勝手だ。でも自分のことさえうまくコントロールできないような私のような人間は、正しさを貫きたくても貫けないときがあるのだ。それでまた「なんで自分は周りの人を気遣った行動ができないのだろう」と自己嫌悪に陥ったりする。正しいから反論できないし、自分を責めるしかない。

 

逆ギレしてくる人はもちろん怖い。気が弱い私は言い返したりできないし、そのやりとりだけで悲しくなって消耗してしまう。

 

人の敵意や攻撃心に触れるだけで震える。27にもなって情けないとも思うけれど。いまさら気が強くなるとも思えないし、そういう人とは関わらずに生きていきたい。どうかこんな人間もいることを知っていてほしい。

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