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2017-02-20

それが世界のすべてだと思わないで。学校や会社が嫌な人へ伝えたいこと

学生時代、私はバンドサークルに入っていた。
1年生の時はバンドサークルとビッグバンドジャズのサークル2つを掛け持ちしていたのだけれど、あまりにも忙しかったので一つに絞った。
(これに関しても思うところはあるが、結果的にサークルを二つ続けていたら出会えなかったであろう、学部の授業やゼミでの素敵な出会いがあったので、良しとしておく。)
それでバンドサークルの方では飲み会がひっきりなしに行われており、飲み会に参加しない場合周りからの批判の目が酷かった。
また、ライブに関しても参加しない場合の周りからの圧がすごかった。
私は数少ないドラマーだったので、ライブの度に1,2バンド出演していたのだけれど、出演費が1バンド5,000~10,000円ほどと高額でそれも辛かった。
■断りきれず、消化試合のようにこなしたライブ
私はドラムが好きだった。大学に入るまでは。
大学に入ってしまったら、なんだかほかの楽しいことに意識がいってしまったというのと、高校以上に友達や仲の良い先輩後輩ができて、対人コミュニケーションに対するコンプレックスが解消されて、音楽で何かを昇華したいという気持ちが薄れたというのもあるだろう。
だからそんなにドラムを演奏したいとは思っていなかった。
けれど、サークルの人たちは好きだったから、周りの人から「バンドをやろう」って誘われると断れない自分がいた。
責任感もあった。
それでも、自分のやりたくないバンドをお金と時間と体力を使ってするのが、正直ちょっとつらかった。
大学のサークルなんて自由なはずなのに、誰かが精神的にも肉体的にも金銭的にも無理をしなくてはいけないっていうのはおかしくないか?
義務的要素が多いのは矛盾していないか?
そして、自分がただの叩き手としてしか価値を見出されていないのではないか、ただの数合わせであり、ただの駒としてしか求められていないのではないか?という虚しさが襲った。
都合のいい時に誘いやすいから、新人をサークルに入れなくてはとかで無理やりバンドを組まされているような節があった。
■周りの目を気にせず「断る勇気」を
 
そんなことを大学時代のサークルで感じていた。
今思えば周りになんと思われようと、自分のこの違和感を信じて、断るべきだったなって思う。
好きな人からの誘いであったとしてもだ。断ることでダメになるような関係だったら、それまでの関係だから。
「誘われるうちが花」だなんて言葉もあるけれども、自分の心の声に反してつきあいを優先してしまえば、心と体がついていけなくなってしまう。
自分の面倒は自分しか見れないからこそ、自分の心の声は大切にしてあげた方が良い。
■それが世界のすべてだと思わないで
一つのコミュニティにいると、「そこからはじかれたときどうしよう」なんて思ってしまうけれど、大抵断ったら断ったで「そういう人」だと思われるようになるし、案外予想していたような不安は起こらない。
もし断ったくらいでダメになってしまうようなコミュニティだったら、さっさといなくなった方がいい。そして別のところへ行けばいい。
そもそもコミュニティは一つに絞らない方が、客観的に物事を見れるし、依存先をばらけさせることで精神的にも安定しやすいように思う。
学生時代ほど生活がコミュニティに依存してしまう。会社もそうだ。
ここが世界のすべてだと思ってしまう。
でもそんなことはない。今いる場所が嫌だったら、もっと自分に合った場所がいくらでもある。
だからこそ周りの目を気にせず、時には断る勇気を持ってほしいし、自分の気持ちを大切にしてほしいと思う。
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