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2017-02-16

承認欲求を「彼氏」で満たそうとした女

数少ない今まで付き合った人のことを思い返した。

 

共通するのは見た目ではなく、心のきれいさで人の事を見ていたということだと気付いた。

 

まあ私と付き合ってくれるくらいだから見た目を一番大切にして選んでいるような人たちではないのだけど。

 

私は自分の今までのダメさをどうにか「彼氏」という特別な存在に認められることによって自分を納得させようとしていた節があったということを今になって思う。

 

自分に対する自信のなさを押しつけた形だったと思う。

 

それで自分の思う通りに相手が思ってくれなくて(というのも目に見えるようなものでしか私は判断できないくらい悲しい感性だったのだけど)、悩んで悲しくなって、私ばっかりだと空まわっていた。

 

それくらい私は付き合うという行為自体に強い承認欲求を露わにしていたのである。

 

相手のため、相手が喜んでもらうためにやっているのになんで喜んでくれないの?なんで私に対してはお返しをしてくれないの?

と見返りばかりを求め、自分と相手との距離ではなく相手の行動でしか想いといったものを計ることができないくらい、枯れた心だった。

 

彼らが好きだった(広義で)人の事を思い返すと、見た目は特段記すほどのような人でもないけれども、明るく優しく思いやりが合って、一緒にいて楽しい、心のきれいな人たちであった。

そんなことも忘れ、見た目で評価されることに対し嫌悪感を抱いていた私が一番、内面をおろそかにしていた、もしくは内面の渇きに気づけず、自ら潤そうとも思わなかったのであった。

 

自分の至らなさを、他人に押し付け、他人の好意によって埋めようとしていた浅はかさが、彼らとの関係を終わらせてしまった本質的な要因だったのである。

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