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2017-02-16

誰かの「あの娘」になりたかった女の子の話

私は10代半ばから20代前半くらいまで、誰かの「あの娘」になりたくてたまらなかった。

 

■終わりなき日常に生まれた「性春コンテンツ」

 

社会学者の宮台真司氏が『終わりなき日常を生きろ』を書いているが、童貞男子の悲哀を美化して描いた「性春コンテンツ」は、終わりなき日常的コンテンツのように思う。同じように学校に行って、イケている奴らに交じれないけど、自分は奴らとは違う何かを持っていると信じていて、好きな子がいるけれどどうすることもできなくてつまらない放課後を過ごして、早くこんな世界なんて終わっちまった方がいいんだ、みたいな思考に囚われながら毎日何度も好きな子を思い浮かべてオナニーをする。でもそんな何でもない日常が愛おしいし、素晴らしい。この思想や文化は、戦後日本の豊かさと平和が生んだ文化であり、産物だと思ている。

 

■「あの娘」を美化して消費する男の子たち

 

中学生から大学生にかけての学生時代に、私が好きになった男の子たちも、例にもれず「性春コンテンツ」を消費する性春厨だった。ある人はGOING STEADYの『童貞ソー・ヤング』や銀杏BOYZの『援助交際』が好きで、ある人はThe ピーズの『バイブレーター』が好きで、ある人は大槻ケンヂの『グミ・チョコレート・パイン』が好きで、ある人は桂正和の漫画『I”s<アイズ>』が好きだった。

 

それらの作品に共通するのは「あの娘」というように、可愛くてちょっとエロい女の子が登場すること。佳代であり、伊織ちゃんであり、山口美甘子であり、江口寿史の描くエロくてかわいい女の子たちがそうだろう。男の子たちはそれらの作品のように「あの娘」という好きな子がいて、その子への思いを募らせていた。

 

そして男の子たち同士でそれらの作品を崇拝して、童貞マインドを誇り、ひとつのネタとして昇華していた。

 

私はバンドでドラムをやっていたから、もちろんそれらのバンドの楽曲をコピーして演奏したのだけど、複雑な気持ちだった。私も誰かの「あの娘」になって、とてつもなく消費されたいのに、なぜ私はそんな男の子たちを眺めることしかできないのだろうと。「あの娘」にもなれず、同性でもないから男の子と一緒に童貞マインドを褒め合うこともできないとしたら、そんな女の子たちはどうすればいいのだろうか?私は年下の男の子に借りた銀杏BOYZの『光のなかに立っていてね』と『BEACH』を聞きながら、そう思っていた。

 

■童貞を救うコンテンツはあっても、処女を救うコンテンツはなかった

 

思春期の童貞男子たちには大槻ケンヂがいたし、峯田和伸がいたし、多くの童貞先駆者たちが、作品にすることでそのモヤモヤを昇華してくれていたから救われた人も多いだろう。(ただ、これらの作品のせいで、童貞マインドを引きずってしまっている人も多いのではないかと思っている)

 

しかし、思春期の処女を救うコンテンツはなかった。作品化しても面白くもなく、なまなましくて誰も消費する気になれないというのもあるだろうし、まあタブー的なところも多かったのだと思う。でもそんな風に「あの娘」になりたかった女の子って実は多かったのではないかと最近思っている。

 

YUKIさんが『あの娘になりたい』という歌で、そんな女の子の気持ちをうたってくれていた。

 

もっと思春期女子の生々しいドロドロした気持ちにフォーカスしてくれた作品があったなら、救われる思いがした女の子も多いのではないかなと、思う。

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